163.
第十二話 私なりの完璧
四回戦になり、雀聖位へ最も近いのはマナミだった。ここでプラスを出せば優勝。そうなれば『タイトル獲得の力があるプロ』と認識されるようになり今後のプロ活動やゲストプロとして呼ばれたりする仕事で確実に影響が出るはずだ。
正に人生を賭けた半荘。しかしそれは他の3人も同じだった。
特にユウは、これから麻雀教室をやっていこうというユウにとって優勝という実績ほど欲しいものは無かった。タイトルは既に獲ったものの『第1回UUCコーヒー杯』などという新しい大会のタイトルでなく、歴史ある『第30回雀聖位』のタイトルこそが欲しかった。
河野はと言えば、タイトルはそこそこ獲っているがそれだって毎回苦労して獲ったものであるし、麻雀プロである以上タイトル獲得ほど欲してやまないものもない。
それで言えば左田にとってはこのタイトル戦は滅多に訪れないチャンスである。実力では劣る左田が前回王者のシード権のおかげもあり決勝戦にまた残れたのだ。そしてこの半荘。トップなら優勝という位置に着くことが出来た。そんな機会は50歳を過ぎている左田にとって人生にもう二度とこないかもしれない大チャンスだ。
(4人ともオーラがすごく出てる…… オーラが邪魔で観戦しづらいんだけど)
《見え過ぎるのも困りものですね。ふふ、世界で唯一カオリだけの悩みですね》
(笑ってないで、どうにか消せないのこれ)
《え、わかりません。私も神として現われたのとか初めてですし。なにもかも全然分かってなくて。私にわかるのは自分は付喪神だってことと私は優れた麻雀を打てるってことだけなんです》
(そうなの?)
《そうですよ。そもそも私、ただの物質でしたからね。カオリが私を呼び覚ますまで、ずっとただの赤伍萬でしかありませんでしたし》
(それが今はもはや一番の友人かー。不思議ね)
《ほんとですね。あ、始まりますよ》
左田純子は思った
<
177.第八話 持たざるものの矜持 カオリは師団名人戦の一般予選会場初日の受付をやっていた。そういう仕事もプロになるとやったりやらされたりする。新人だと特に断りにくい。キチンと給料は出るので、まあいいかでカオリは今回引き受けていた。「そう言えばユウは?」「いまは麻雀教室(オールグリーン)のことで忙しいから今回は任せるって言ってました」(ほっ、良かった。ユウまでいたらいよいよ面倒なことになる。あのユウが予選落ちするとは到底思えない、参加されたら絶対に厄介なことになるのは容易に想像がつくものね)《随分と弱気じゃないですか、カオリ》(私はいつもこんな感じよ。過去に一度でも私が強気だったことなんてあった?)《……そう言えば無いですね》 色々な人がいたけど、今日の参加者36名の半数近くは高齢者だった。昔からあるクラシックルールというのがお年寄りには馴染みのあるルールなのかもしれない。 麻雀部の女子たちは集まって全員で気合いを入れた。「全員予選通過するぞー!」「「おー!」」 するとカオリが一言。「気合い入れてるとこ悪いんだけどさ…… 今日のこの東京1区予選会場からは上位2名しか予選通過しないからね? 今日の予選だけで全員通過は不可能よ」「ええっ!? うそお! 厳しすぎ!!」「大会予選ってそんなもんだよ。プロ予選だともっと通過しやすいんだけどね。だから、アマチュアなのにタイトル戦優勝とか準優勝してるユウはホントにすごいのよ」「へぇ~~」「さ、もうすぐ時間よ。私も仕事に戻るから、みんな頑張ってね」そう言うとみんな第一試合の卓に移動した。 アンだけは目の前の卓が第一試合だったのでカオリとまだ話していた。「カオリ先輩。私は必ず予選通過してみせます
176.第七話 今が私の全盛期 左田純子は『全盛期』という言葉が嫌いである。こと麻雀においては年齢による衰えなどそうは無いと考える左田は「全盛期なら」などと言うのは言い訳にしかならないと感じていた。 弱くなったらそれは鍛錬が足りないだけ。『期』のせいにする者は日々鍛錬してない者。面倒くさがりな自分を認めたくない弱者の言い訳だ。 もう50代の左田はそれでも「私の全盛はいつだって『今』だ」と言う。 なので第30回雀聖位決勝戦最終局の5面待ちをツモれなかったことについても「全盛期の左田なら軽くツモっていたけどな」などと言う話をされるのが非常に不愉快であった。(舐めるなよ! 私はいつだって全盛だ! たしかに負けた。だが、それは相手だって強いんだから当たり前に起こる事。私が衰えたわけじゃない。むしろ私は…… まだ、これからだ!!) 自分はまだ成長する! これからが一番いい所なんだと。そう言う左田は出版社で新しい企画となる『月刊マージャン部』の編集をする傍らプロ活動にも力を入れた。「私の勝負はまだこれからだ!」それが左田純子の口癖であった。◆◇◆◇ 中條ヤチヨには物語を作る才能があった。就職先が決まったヤチヨはみんなが勉強してる時間に小説を書いていた。 それは『気付いたら年がら年中牌♡握ってた』というタイトルの実話を元にした青春小説だった。ヤチヨがなぜ麻雀部に入ったのか。どうしてこんなにハマってのめり込んでいったのか。今はもう生活の一部になったこの麻雀。それについて熱く語る主人公と、そのライバルや友人の物語である。ヤチヨが麻雀部でも抜け番にそれを書いていて、マナミがふと気になってそれを読んだ。「なにこれ凄い面白いじゃない! 物語のパートだけでなく麻雀の戦術パートもあって解説付きで理論的! しかも、これは私たちで開発した新戦術
175.第六話 クラシックルール カオリはwomanとの別れが近いことを知り、このままではいけないと思った。私もタイトルを獲らないと! と。 これはとてもバカな考えである。タイトルなんてそう簡単に獲れるものではない。生涯に一度でも獲れたものなら大偉業という話なのであるが、何せマナミ、ミサト、ユウという同世代の3人は既にタイトルホルダーだ。カオリがそう思ったのも仕方ない。C3リーグを繰り上げ1位昇級というのも立派な実績なのだが、カオリにはまだその価値はわからない。 カオリは6月から予選が始まる競技麻雀業界史上最も格式の高いタイトル戦『麻雀師団名人戦』に参加することを決めた。ちなみに去年は参加していない。参加は義務ではないし、ルールも30000点持ちだったり飛びなしだったりと普段のものと違った『クラシックルール』を採用しているからまた一から覚えてそれ用の戦略を考えるのが面倒だったのもあった。 しかし、今年の師団名人戦は決勝戦が11月10日なのでギリギリ間に合う。カオリの誕生日は11月11日だ。womanに優勝した所を見てもらうにはこのタイトルを獲るしかない。 クラシックルールに精通しているのはプロ歴の長い成田メグミや杜若アカネだ。彼女たちに教えてもらいながら師団名人戦へ向けてカオリの特訓が始まった。◆◇◆◇ 一方、三尾谷ヒロコと中條ヤチヨは最近麻雀部によく来ていた。「あんた達3年生でしょ。私が言うのもなんだけど毎日遊びに来てていいの?」と心配するのは佐藤ユウだ。ここは佐藤家。当たり前だがユウはだいたいの日はここにいる。「いいのいいの、勉強は学校でちゃんとしてますから」と言うヒロコは大学進学を目指しているはずだが、本当に大丈夫なのだろうか。「私は高校卒業したら鹿島の叔父さんがセット雀荘オープンさせたらしいからそこ
174.第伍話 発熱 4月20日。明日はマナミの誕生日だ。ついにマナミも明日で二十歳。大人とされる年齢である。 その日の夜、マナミは夢を見た。○○○○○〈財前真実さん。ずいぶん強くなりましたね〉「だ、誰?」〈私はラーシャ、あなたに憑いたラシャの付喪神です〉「ラシャ? 麻雀マットのこと?」〈そうです。あなたがお姉さんからもらった麻雀マットを何年も大切に手入れしたので付喪神の私が憑いたんです。私はあなたの勝利をきわめてさりげなくアシストすることに徹していました。 あくまでお手伝いという形で、答えを教えることはせず〉「あっ、たまにビリッとくるのはもしかしてアナタがやってたの?」〈ええ、余計なお世話かとも思いましたが、でも最近は明らかに間違えた選択などはしなくなって来ましたよね。なので、私からのアシストはもう終わりにします。いいですよね。もう大人ですから。神様がいるのは小さい頃だけってのは物語のセオリーですし〉「えっ、いなくなっちゃうってこと?」〈私はいつでもラシャに宿っていますよ。ただ支援しなくなるだけです。見えなくても、聞こえなくても、いつもマナミのそばに――――ピピピピ! ピピピピ!ガシャ! 目覚まし時計が鳴ってそこで目が覚めた。今日は土曜日だがマナミは早番の日なので起きなければならない。 誕生日の日くらいゆっくり休んだら? とカオリは言っていたが早番でさっさと仕事を終わらせて、その後でゆっくりすることにしたのだ。「なんだか、変な夢を見てた気がする……」(断片的にしか思い出せないけど…… 私には付喪神が憑いてて、でももう大人だからいなくなる…
173.第四話 オールグリーン 近頃、メキメキと実力を付けてきたのはカオリだけではなかった。 それはマナミもである。 マナミはもちろんカオリをライバル視しているのだが、普段のカオリはwomanの指導ありで打っている。つまり、知らぬ間にマナミは麻雀の神をライバル視していたのだ。それは強くなって当たり前というもの。「ツモ! 16000オール」 マナミ手牌一九①⑨199南西北白発中 東ツモ「またマナミちゃんの勝ちかー!」「最近特に強くなったんじゃない?」「伊達に雀聖位じゃないってことかー。さすがプロ」「えへへ。ありがとうございます」────その日の夜。 ラーシャとwomanはおしゃべりしていた。〈なんか、最近うちの子強くて。もう、私はなんもしなくてもいいのかもしれません〉《マナミは私と張り合ってますからね。現に雀聖位まで獲ってるし。見事なものですよ》〈それにもうすぐでマナミは二十歳です。もう子供じゃない。神の力でアシストする期間はここまででいいか…… なんて思ってましてね〉《そうですね。それは確かに》〈カオリさんもずいぶん強くなりましたよね。飲み込みも早いし、賢い子です〉ガチャ「ただいまー」〈あっ、マナミが帰って来ました。お喋りはこれくらいにしましょう〉《お帰りなさい、マナミ》「おかーさーん、カオリー」(2人とも居ないか) するとカオリもすぐに帰ってきた。&
172.第三話 持ってないということを読む 今日は大学2年生になってから初めての出勤だ。「カオリちゃーん。進級おめでとう!」「麻雀もいいけど、学業も頑張ってねー」「ありがとうございます、ありがとうございます」《相変わらず大人気ですねカオリは》(ありがたいことだけど、なんでなのかはホントわかんないわ。マナミの方が可愛らしいしキレイだと思うんだけどな)《ファンが多いのはいいことです。素直に受け入れておけばいいんですよ》(まあ、そうね)「カオリさん。さっそくで悪いけど3卓の本走を遅番と交代お願いできるかな。まだ東2の親2回ある原点持ちだから」「はーい! じゃあ、挨拶して入ります」 そう言うとカオリはピシッと背筋を伸ばしてホール全体へ「いらっしゃいませ! おはようございます」と一礼し、マスター(店長)にも「おはようございます!」と挨拶すると3卓へと小走りで近寄った。「おはようございます。本走交代します。お疲れ様でした」と遅番スタッフに挨拶して交代する。「本走入ります。よろしくお願いします」と今度は同卓者と麻雀そのものへ挨拶し一礼する。「よろしくお願いします」「お願いします」「よろしく」 座って早々にカオリはテンパイする。東2局25000持ち南家6巡目カオリ手牌一三三⑥⑦⑧⑧234678 三ツモ ドラ西(タンヤオのみの亜リャンメンかー…… どうしよ。リーチでいいかなあ? 萬子を伸ばす手もあるけど今回は対面が四はポンしてるし、多分対面はホンイツだから萬子待ちは全然いい待ちじゃないわ)《もう1巡だけ様子見してから決めましょう》(タイミングを見計らうってこと? そ